95・10・21県民大会から25年② 「SACO合意」を問う! ~ 声明を発表

投稿者: | 2020年10月27日

  1995年10月21日、9月に起こった米兵による少女への性暴力事件に抗議する県民大会が開かれ、8万5000人が会場の宜野湾海浜公園を埋め尽くした。日米両政府は、県民の怒りを鎮めるため「沖縄に関する特別行動委員会 (SACO)」を設置、沖縄の負担軽減のためとして基地を整理縮小を表明した。あれから25年、果たして県民の基地負担は軽減されたのか? 去る26日、女性たちを中心とする市民団体が記者会見を行い、「SACO合意」を検証を!と、声明を発表した。

 SACO合意の「普天間基地返還」は、「辺野古移設」にすり替わり耐用年数200年と言う強固な新基地建設となり、「北部訓練場の過半返還」は、オスプレイが離発着できる「オスプレイバッドの新設」が目的だった。わずかな土地返還を理由に移設された北谷の「陸軍病院」は、最新設備を備えた近代的な病院に生まれ変わった。巨大な通信施設「像の檻」も他の基地に移され、小さいが高度な機能を備えた最新の通信施設に生まれかわった。しかもこれらの移設・建設費用は、全て日本の負担、すなわち私たちの税金である。

 これだけ見ても「SACO合意の”沖縄の基地負担軽減”はまやかし、”日米同盟の強化”でしかなかった」と女性たちは訴える。

 

<声明 全文>

1995年10・21県民大会から25年「SACO合意」を問う

 1995年10月21日、宜野湾海浜公園に8万5千人の県民が参集し、前月に起きた米兵による少女への性暴力事件に怒りと抗議の声が渦巻いた。こうした状況に日米同盟関係の揺らぎを案じた日米両政府は、在沖米軍基地の整理縮小を協議する「沖縄に関する特別行動委員会 (SACO)」を設置した。1996年12月に出された「SACO合意最終報告書」には、普天間基地の辺野古への移設(最初は返還と発表された)、北部訓練場の過半の返還など11の基地の移動、統合などが織り込まれた。日米両政府が、「沖縄県民の負担を軽減し、それにより日米同盟関係を強化する」(防衛省HP)ことが目的であった。

 はたして「SACO合意」は、本当に沖縄の負担軽減となっているのか。25年を経た今、大いなる疑問を抱かざるを得ない。「SACO合意」を生み出したあの県民大会の主旨を踏まえれば、沖縄県民が負担軽減に求める第1は、米軍の駐留規模の削減、撤退であった。それは、米軍人軍属の犯罪はじめ、爆音被害・ 演習事故・環境汚染の減少につながるからだ。ところがこの25年間、日米両政府は、米軍規模の削減、撤退を明らかにしないどころか、逆に、復帰後沖縄県に対し開示してきた米軍陸 ・海・空・海兵隊の駐留規模すら、2011年を最後に、現在に至るまで明らかにしていない。また、 25年間、女性への性暴力事件が止むことはなく、さらに米軍基地から発生する事件事故・環境汚染は増加の一途をたどっている。

「SACO合意」の実施過程を振り返ってみると、日米両政府は「沖縄の負担軽減」を枕詞にし、既存の基地内に施設を移設・統合し、機能は再生・継続されている状況だ。少女の受けた暴力の恐怖や痛み・苦しみ、県民の叫びを、日米両政府は日米同盟関係の強化に巧妙に利用したものと言わざるを得ない。沖縄県民が戦後75年にわたり「県民の土地を奪い大きな苦しみを与え続け、基地が老朽化したから、世界一危険だから、普天間飛行場の移設は辺野古が唯一の解決策だと沖縄だけに基地を押し付け続けるのは理不尽である。」このことは、1974年に返還を合意している那覇軍港に関しても同様に考えられるものである。 負担軽減と称し、沖縄を永続的に軍事基地の島へと向かわせる「SACO合意」は検証すべきである。よって、私たちは速やかに以下の実現を要求する。

          

 

 1 辺野古新基地建設を中止し、危険な普天間基地は即時に閉鎖することを求める。

2 日米地位協定を直ちに改正し、返還地の汚染除去を使用者側に義務づけること。

 3 これまで実施された「SACO合意」の検証を求める。

 4 在沖米軍の規模の縮小・撤退、および米軍人軍属の実態を明らかにすること。

 

 「1995年10・21県民大会から25年 「SACO合意」を問う!連絡会

1 辺野古新基地建設を中止し、危険な普天間基地は閉鎖することを求める。

 日米両政府は、普天間基地の危険性除去こそ唯一と強調、固執していますが、これまでの24年間、普天間基地の危険性は増していると言わざるを得ない。

2004年8月13日、普天間基地所属CH輸送ヘリコプターが沖国大に墜落炎上、

2013年9月にはMV22オスプレイが配備され、その爆音は住民生活にさまざまな被害をもたら している。

2016年12月13には普天間基地所属のMV22オスプレイが、名護の安部海岸に墜落、 2017年10.11 CH53E米軍ヘリ高江の牧草地に墜落

2017年12月 緑ヶ丘保育園にヘリコプター部品落下

2017年12月 普天間第2小学校校庭にヘリコプター窓枠落下。 また、辺野古大浦湾の自然の豊かさと地形上の問題は、建設費、建設期間等からして、普天間の危険性除去の理由は正当性を失っている。

 

  日米地位協定を直ちに改正し、返還地の汚染除去を使用者側に義務づけること。

日米地位協定では、米軍に軍用地の汚染の浄化を義務づけていない。そのために返還地の汚染は深刻である。2016年1月北谷浄水場やその水源の比謝川など基地周辺の井戸群から高濃度の有機フッ素化合物PFASが検出され県民の健康と命に関わる飲み水の汚染が判明し大問題になったさなか、米軍基地内からPFASを含む泡消化剤が流出する事故が繰り返し起こっている。にもかかわらず、沖縄県の求める基地内立ち入り調査さえも未だ認めない状況である。また、世界的にも貴重な珊瑚や国指定の天然記念物・ジュゴンが生息し、生物多様性に富む「希望の海」大浦湾の環境破壊・世界自然遺産に匹敵する亜熱帯の奇跡・高江の森の環境・自然破壊は深刻である。

 

3 これまで実施された「SACO合意」の検証を求める。 米軍基地の永続的な維持につながり、その新設費用は全額日本が負担している。

 1 キャンプ桑江の土地の返還とは、1960年代に建設され老朽化した海軍病院を、キャ ンプズケランに新設するためであった。

 2 楚辺通信基地⇒「象の檻」と言われた巨大な通信基地は、それ以上に機能強化された通信基地がキャンプハンセン内に全額日本負担で新設されて、「より目立たない 利点がある」、としている。

 3 2012年12月、北部訓練場の過半の返還は、返還地にあるヘリパット6つを、高江 集落を取り囲むように新設された。残存地には15ケ所ヘリパットが存在するのに新たに6つの増設は、MV22オスプレイ対応のオスプレイパットの建設が必要だったからにほかならない。現在、地域住民は普天間基地所属のMV22 オスプレイの飛行訓練による低周波音に苦しめられている。

 

4 駐留米軍の規模を削減し、その実態を明らかにすることを求める。

 女性、子どもへの性暴力犯罪は起こり続けている。

主な事件を上げると,

1998年6月 米軍属による20代の女性への強かん窃盗罪

2000年7月 14歳の少女強制わいせつ。(米国独立記念日休日)

2001年6月 空軍兵士のよる20代女性への強かん事件

2002年11月 海兵隊少佐による強制わいせつ器物破損事件

2004年8月 米軍属による20代の女性への強姦罪(1998年と同一者)

2005年7月 10歳の少女強制わいせつ。(米国独立記念日休日)

2008年2月 14歳の少女性暴力被害。基地外居住の38歳の海兵隊員

2012年10月 米国テキサス州所属海軍兵士が沖縄に2泊滞在中に集団強かん致傷事件

2016年3月 米海軍兵による準強かん事件

2016年4月 20歳の女性強かん・殺害、死体遺棄事件

2019年4月 女性殺害事件後、米軍、

 

日米両政府は、事件に対して素早い対応を示している。2008年の事件には駐日米大使から被害少女へ知事にお見舞いの手紙が託され、米軍全体 の1ケ月間の外出禁止令やリバティ制度の見直しもされたが一時的なものである。犯罪 防止策としての、防犯カメラ増設や2016年にはブルーパトカーも措置されたが、 犯罪は増加の一途とたどっている。このように残虐な事件は、日米地位協定によって駐留米軍の入管法や検疫法が免除されている中で起こり続け県民を恐怖におとしめている。

「1995年10・21県民大会から25年 「SACO合意」を問う!連絡会」

 女性たちは、さらに県庁に玉城デニー知事を訪ね、同じ趣旨で要請と激励を行った。